自分は本当にクリスチャンではないと言い切れるか?

三年前、下北沢のファーストキッチンで漫才の台本を書いていると、女子中学生2人組が僕の方を見ながらヒソヒソ話をし始めた。

 

「絶対そうだよ」

「え、でも違ったら恥ずかしいじゃん」

「間違いないって、話しかけようよ」

「でも違うかもしんないじゃん」

 

ついに来たと思った。

今日をもって私は芸能人となるのだと思った。

同期の仲間たちの顔が浮かぶ。

「ごめんな。一足先に行かせてもらうわ」

そんなことを考えてるのがバレないよう平静を装ってその時を待った。

 

「絶対そうだってば!」

「えー、違うかもしんないじゃん」

おさげの子が話しかけようとするのを

ショートカットの子が止めている。

 

ショートちゃん、止めなくていいんだよ

僕はエーデルワイス門田だよ

本人だよ

 

そんなやりとりに全く気づいてない相方は

「そろそろライブだからいこうか」

といって、上着を手にとった。

 

バカ野郎。

あの瞬間がもう目の前に来ているんだぞ。

芸能人になるための通過儀礼である「顔をさされる」の瞬間が。

 

あ、そういえばコイツ、前にテレビに出た時にバイトしてる牛丼屋で常連のキャバ嬢から「テレビでてたっしょ、ウケんね」と言われたことがあるんだった。

 

まさか、それをワンカウントとしてるのか?

もう通過儀礼をクリアした気になってるのか?

まだ顔をさされたことのない俺を見下してきたのか?

だからネタ考えないくせに壁側の背もたれフカフカの方のイスに座っているのか?

 

おい、ひょっとしておさげちゃんとショートちゃんの会話も聞こえてるのか!?

だから、これまで見下してきた俺が自分と同じ立場になるのを阻止しようとしてるのか!?

 

てめぇ、潰す!!!

 

怒りのあまり、以前占い師に洗脳されてしまった友達を説得しようとした僕に、その占い師が放った言葉が出てしまった。

 

きょとんとしている相方に僕は

「あとちょっとでいいネタ出そうなんだよね、だからもうちょっと書いてくわ」

と少し大きめの声で言った。

これはこちらを見ている二人に

”ちゃんと芸人だよ”

”君たちの思っている人であってるよ”

と伝えるという狙いもある。

華麗なるダブルミーニング

つくづく自分の才能が怖い。

 

才能=タレント

どうもタレントです

 

そんなタレントの優しい配慮に背中を押されたのか、おさげちゃんが意を決してこちらに近づいてきた。さっきまで不安な顔をしていたショートちゃんも期待に目を輝かせておさげちゃんを見つめている。

 

時は満ちた

 

僕が「そうだよ エーデルワイスだよ」と言うために口を「そ」の形にして待っているとおさげちゃんが僕の前まで来て言った。

 

「あの、、クリスチャンですか?」

 

予想外過ぎて、おさげちゃんの発した言葉はマンガの宇宙人のように全てカタカナで聞こえ、頭の中で全く文章にならなかった。

 

結果的にはほとんどカタカナで合ってたわけだけど。

 

「そ」の口で待っていた僕は「違います」と言うことができす「そう見えます?」という変な答え方をしてしまった。

謎のクリスチャン焦らし。

 

「だって、さっきからお祈りしてるから」

 

どうやら、組んだ手にアゴを乗せて、ぶつぶつと漫才のセリフを反復していた様子がお祈りをしているかのように見えたらしい。

 

「違うんだ。実は漫才の台本を書いててね」

 

僕は作戦を切り替えた。

今からでも僕がエーデルワイスという漫才師だということを知ってもらえば

エーデルワイスという漫才師を知っている

ファーストキッチンで声をかけた

という「顔さされ」を構成する二大要素が満たされるのだ。

大切なのは順番なんかではないということは数々のできちゃった婚夫婦が証明してくれている。

 

しかし、おさげちゃんは「違うんだ。まんざ・・・」くらいで「失礼しました!」と頭を下げて去っていった。

 

取り残された僕に相方は「クリスチャンなん?」と半笑いで語りかけてきた。

 

 

確かに神にすがりたい気分だ。